【いそうでいないスーパー少年】

【年長者を従えての表彰台】

 
 
小学生のある時、少年ノリックと大治郎が腹筋を競うことになり、160回でリタイヤした
ノリックに対して大治郎は350回で勝利をおさめた。しかも体が壊れることを心配した
父が止めなければ一体何回までいったか分からなかったという。スーパーライディング
を支える身体能力はこの頃からズバ抜けていた。


【今をときめくライダー達の貴重な一枚 】
(奥)ノリック
(手前左より)雄一君、長純君、大治郎

 

【小学生時代のノリック】


【この頃からコンビの大&雄】

 

【モトクロスも楽しんだ】


【#28大治郎&#7長純君】

 
 


ポケットバイクで全日本チャンピオンを獲り、11歳でミニバイクを始める。12〜15歳にか
けてミニバイクの全クラスチャンピオンを獲得。
同時期には父の考えで、ロードだけではなくオフロードやダートなどの違うカテゴリーも
練習している。あらゆる側面から感覚やバランス、マシンをコントロールするテクニッ
クを磨かせたのだ。

こうして大治郎はライダーとしてのキャリアを積み重ね、類まれな才能を身に付けて行
った。ここで注目したいのは、素晴らしい親子の関係と共に結果を出した先にある目標
への視線であろう。常に前を向き難しい目標へ進む。時には、大きなプレッシャーを伴
い重圧でめげそうになりそうだが、加藤家は違った。一見、順調に出して来た優勝やチ
ャンピオンという結果だが、その陰で人の何倍もの時間をサーキットで過ごしている。


その1周々を見守り続けて来ているからこそ信じられる自信と実力が備わったのだ。

疑う事のない未来を見据えて歩んできたからこその ‘今’ である。表には出る事の少な
い家族の努力もまたレースの1シーンと言えよう。


 
  伝説のチャンピオン・平 忠彦さんのレプリカツナギやヘルメットを着用し、抱かれて 写真
を撮ってもらったこともあった。両親の想いが伝わる写真であり、歴史的にも貴重な1枚に
なった。

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